人の歯は、親知らずを含めて32本。上あごに16本、下あごに16本。互いに協調し合って咀嚼や発話など、私たちが生きていくための機能を果たしています。
毎日お口のケアに励んで定期的に歯科にメインテナンスに通っている方々。1本1本の歯を大事にするのはとても素晴らしい事です。また、虫歯や歯周病などで状態が悪くなってしまった歯を、よりいっそうのケアと歯科治療で少しでも長くもたせていくというのも大事です。実際、歯を多く残せている人ほど健康寿命が延びたり、医科にかかる治療費が少ないというデータがあります。ですから1本でも歯を抜くというのは患者さんにとって重大な決断であるとともに、歯医者にとっても慎重な判断が求められる処置です。ですがそれでもやはり抜かなくてはいけない歯というものがあります。たとえば細菌のすみかになっていて将来的に全身の病気につながりかねない歯や他の歯をだめにしそうな歯。抜くことで、その後の歯を補う治療がしやすくなる時などです。
抜いたほうがいい代表的なケースは4つあります。
1歯根破折を起こした歯、歯ぐきに埋まっている歯の根にタテにヒビが入った状態です。ヒビから唾液中の細菌が歯ぐきの内部に入り込みます。そうなると歯の根のまわりのあごの骨が徐々に破壊されていきます。ヒビ自体はレントゲンでも写らないほど微細ですが、歯根破折を起こした歯の根のまわりはレントゲンで黒く写ります。これは歯の根のまわりのあごの骨が細菌の侵入により破壊され、全体的になくなっているためです。歯根破折は、歯の根の治療をし、神経がなくなった歯に起こることが多いです。最初は痛くなく、噛んだ時に違和感がある程度ですが、ヒビのすき間からはお口の中の細菌が歯ぐきの中に入っていきます。すると細菌の影響により、歯の根のまわりのあごの骨がなくなっていきます。ですから抜歯しないでそのままにするほど、あごの骨が減っていき抜歯後の歯を補う治療の難易度をたかめます。くわえて、今は違和感だけでも何年かごに激痛やひどい腫れを生じることもよくあります。炎症が広がっていると麻酔が効きにくいため抜歯が痛くなりがちです。残念なことに歯根破折はたとえ歯科に定期的に通っている患者さんにもある日突然起こり得るトラブルです。根の治療をした歯に起こりやすいので、根の治療をした歯では無理な噛み方をしないというのが予防になりますが、それでも絶対に防げるものではありません。
2重度の歯周病で治る見込みのない歯、歯周病の進行が止まらず、歯を支えるあごの骨がほとんどなくなってしまった状態です。歯周病は進行するほど骨がなくなっていきます。深い歯周ポケットはプラークや歯石溜まりやすい場所。つまり細菌のすみかでもあります。外科治療を受けても歯周病が徐々に進行してしまう歯。そうした歯には抜歯を進めさせていただくことがあります。あごの骨が減るほど抜歯後の歯を補う治療の難易度が上がります。たとえばインプラントはある程度骨が残っていないと入れられないため、骨がない場合は人工的に骨をつくる治療が追加で必要になります。骨が増えるまでには時間がかかりますし、想定通りに骨が増えるとも限りません。もちろん費用もかかります。歯周病が治らないということは歯周ポケット深くで細菌が活動を続けているということ。そのため免疫力が低下した時、誤嚥性肺炎などの全身の病気に波及するリスクがあります。なお、歯周病は口臭にも関係します。歯周病が進んで深いポケットのある歯がたった1本でもあると、それだけで強くにおいます。そういうかたはその歯を抜くだけで口臭がすっきりなくなることも多いです。
3隣の歯に悪さをしている親知らず、傾いて生えた親知らずが手前の奥歯にぶつかっている状態です。ぶつかっている部分は歯ブラシが届かないのでプラークが溜まりやすく、虫歯になりやすいです。ぶつかっているところに歯周ポケットができ、歯周病が進行してしまうこともあれば、中途半端に顔を出した親知らずのまわりの歯ぐきが腫れることもあります。親知らずが第2大臼歯の根にぶつかり、根がなくなっていくケースもあります。第二大臼歯にぶつかっている場合、第二大臼歯が虫歯や歯周病になりやすくなります。第二大臼歯は噛む力が強くかかるところに生えています。この歯を失うと力の負担が他の歯にかかるようになり、残った歯も悪くなって抜けてしまうリスクが高まります。歯科としては、咀嚼に大切な第二大臼歯を守るために親知らずの抜歯を進めさせていただくのです。親知らずの抜歯は麻痺が不安という方もいらっしゃいます。下あごの内部にはあごの神経の通り道、下歯槽管があり、親知らずの生え方によっては、抜いた時に親知らずの根が神経を傷つけてしまうことがあります。麻痺はそれが原因なのですが、その確率はごくわずかで0.9~1.8%と言われています。親知らずの根と下歯槽管が近いような難しいケースでは口腔外科をご紹介いたします。
4残根状態の歯、虫歯を治療しないまま放置したり歯が欠けたりして、歯の頭の部分がなくなり、歯の根だけになった状態です。一見、歯が存在しないようですが、歯ぐきの中に根が残っています。残根は歯ぐきに埋もれて見えなくなることもあります。残根状態の歯は、神経が死んでいるので痛みがないことがほとんど。また根だけになっていることから歯みがきをしなくて大丈夫と思っている方もよくいらっしゃいます。ところが残根は食べかすが溜まりやすく歯ブラシも届きにくいため細菌にとっては格好のすみかとなります。体が元気なうちは細菌の活動を抑え込めていても、ひとたび免疫力が低下すれば細菌感染が口腔内から全身に波及し、重篤な状態を起こすこともあり得ます。歯ぐきの中に不発弾が眠っているようなものといえるでしょう。また、手術を受ける方は医科の主治医から残根の抜歯を進められることがよくあります。残根は細菌のすみかですので、放置したままだと手術後に細菌感染が起きて回復が妨げられることがあるからです。残根状態の歯は高齢の方が放置されることが多いです。今後の健康のために抜歯をおすすめいたします。
こうした歯を残していると、(誤嚥性肺炎など全身の病気につながります)歯根破折を起こした歯や重度の歯周病の歯、残根状態の歯は細菌のすみかになりがちです。また、傾いて生えてた親知らずも智歯周囲炎という歯周病を起こすことがあります。元気なとき、免疫力があるうちは細菌の活動を抑え込めていても、ケガや病気をして免疫力が落ちたり、入院した時にお口の中に細菌のすみかがあると、細菌が悪さをして全身に影響が波及することがあります。ですから細菌のすみかになっている歯は抜いておいた方がいいのです。
(入れ歯やインプラントなどその後の治療の難易度が上がります)歯根破折を起こした歯はそのままにしておくとどんどんあごの骨が減っていきますし、重度の歯周病の歯も、進行が止められない場合はあごの骨が減っていきます。あごの骨が減るほど、入れ歯やインプラントなど、その後の歯を補う治療の難易度が上がります。
(周りの歯をだめにする)傾いて生えた親知らずは、隣の歯にぶつかって虫歯や歯周病などの原因となることが多いです。
(将来激痛をもたらす可能性がある)歯根破折を起こした歯は、今は何ともなくても将来的に細菌感染が広がり、激痛をもたらすことがあります。
抜歯を進められても痛みがない違和感を感じていないとなかなか踏ん切りがつかないものです。ですが、今後の治療の選択肢や将来の全身の健康を考えたときに、どうしても抜いたほうがいいケースは存在します。歯を残すために健康を害してしまうと元も子もありません。ただし、抜く抜かないを最終的に決めるのはもちろん患者さまご自身です。歯科医師の説明をしっかり聞いて納得したうえで決断いただければと思います。
そして、抜いてしまったあとは補う必要があります。抜けた場所を放置しておくと、歯並びが乱れたり、噛む力の受け止め方が変わって、他の歯までダメになってしまうことがあります。補う治療にはブリッジや部分入れ歯、インプラントなどがあります。ご自身のお口の状態に合ったものを入れてもらいましょう。どれを選択するかによってメリットデメリットがありますので慎重に決断しましょう。なお、親知らずを抜歯した場所には必要ありません。
歯の補綴物は、歯科治療の中でも重要な分野であり、失った歯を補うためのさまざまな方法や材料が存在します。以下に、歯の補綴物の種類、適応、材料、そして治療の流れについてまとめます。 1. 歯の補綴物とは 歯の補綴物は、欠損した歯を補うための人工物を指します。主に、虫歯や外傷により歯が失われたり、削った場合に使用されます。補綴治療には、部分的なものや全体的なものがあり、患者のニーズに応じて選択されることが一般的です。 2. 補綴物の種類 1. インプラント インプラントは、歯の根に相当するチタン製のスクリューを顎の骨に埋め込み、その上に人工の歯冠を装着する治療法です。インプラントは、天然の歯に近い感覚を提供でき、周囲の歯に負担をかけることなく安定した噛み合わせを実現します。 インプラント治療は以下の段階で行われます。 -診断及び計画CT スキャンを用いて骨の状態を評価し、インプラント埋入の最適位置を決定します。 手術: インプラントを顎の骨に埋め込む手術を行い、その後3~4ヶ月にわたって骨と統合します。インプラントが骨にしっかりと固定された後、アバットメントを装着し、その上に人工歯冠を取り付けます。 インプラント治療は通常、健康な歯茎と十分な骨量が必要です。特に、骨が不足している場合は骨移植が必要になることもあります。2.2. ブリッジ ブリッジは、失った歯の両隣にある歯を支えとして、人工の歯を固定する方法です。これにより、歯の欠損部分を補填し、機能的および審美的な役割を果たします。ブリッジは、健康な隣接歯を削る必要があるため、患者様の歯の状態によっては慎重に評価する必要があります。 ブリッジの適応には、欠損歯が1~3本であり、隣接する歯が健康な場合が多いです。また、周囲の歯への負担を考慮し、適切な計画が必要です。2.3. 入れ歯(義歯) 入れ歯は、失った歯を補うために使用される 取り外しが必要な補綴物です。部分入れ歯と総入れ歯があり、部分入れ歯は数本の歯が失われた場合に、総入れ歯はすべての歯を失った場合に使用されます。入れ歯は患者にとって比較的手頃な選択肢ですが、固定式のブリッジやインプラントに比べると、安定性や快適性で劣ることがあります。 使用中に違和感を感じることがあるため、適切な調整が必要です。3. 補綴物の材料 補綴物にはさまざまな材料が使用されます。それぞれの材料には利点と欠点があり、患者のニーズや医師の判断に基づいて選択されます。 3.1. セラミック セラミックは、自然な見た目を持ち、審美性に優れています。また、耐久性に優れ、金属アレルギーの心配も少なく、非常に人気のある材料です。 3.2. メタル(合金) 金属合金は、強度が高く、耐久性に優れたため、特にブリッジの基盤として使用されます。ただし、見た目が天然歯と異なるため、審美性の面で劣ることがあります。 3.3. コンポジットレジン コンポジットレジンは、主に前歯の補綴物に使用される材料で、色調を調整しやすく、自然な見た目を持ではありますが、耐久性には限界があります。 4.4CAD/CAM技術 コンピュータ支援設計・製造(CAD/CAM)技術から生まれる補綴物は、高精度で繰り返し可能な製作が可能です。これにより、補綴物のフィット感が向上し、患者の満足度が高まります。 5. 3Dプリンティング 3Dプリンティング技術により、短時間でカスタムメイドの補綴物を製作することが可能になりました。これにより、治療期間の短縮とコスト削減が実現しています。 4. 治療の流れ 補綴治療の流れは以下のようになります。 4.1. 診断と検査 まず、歯科医師による診察が行われ、患者の口腔内の状態が評価されます。必要に応じて、レントゲンや CT スキャンなどの画像検査が実施されます。 4.2. 治療計画の策定 診断結果に基づいて、患者とともに治療計画が策定されます。使用する補綴物の種類や材料、治療のスケジュールなどが決定されます。 4.3. 補綴処置 補綴物が製作されるまでの期間、仮の補綴物が装着されることがあります。補綴物が完成したら、実際に装着し、噛み合わせやフィット感を確認します。 4.4. 治療後は定期的なフォローアップが必要です。補綴物のメンテナンスや口腔内の健康状態を確認することで、長期間にわたって良好な状態を維持することができます。 日常的なケア 補綴物を長持ちさせるためには、以下のポイントに注意が必要です。 ブラッシング: 毎日の適切なブラッシングが重要です。特に、ブリッジやインプラント部分は、丁寧に清掃を行います。 -定期診察 定期的に歯科医の診察を受け、補綴物の状態をチェックすることが大切です。 4.2. 補綴治療のリスク管理 -感染症 インプラントの場合、周囲の組織に感染が起こることがあります。適切な口腔衛生を保つことが重要です。欠損した歯を補う重要な治療法であり、患者様の生活の質を向上させる役割を果たします。補綴物の種類や材料、治療の流れ、維持管理、最新技術について理解し、自分に最適な補綴物を選ぶことが成功の鍵です。また、歯科医師と患者様が協力することで、より良い治療結果を得ることが可能になります。みなさまは自らの口腔内の健康を維持するために、定期的なチェックと適切なケアを行うべきです。歯の補綴物は、失った歯を補うための重要な治療法であり、患者様の生活の質を向上させる役割を果たします。歯科医師とよく相談し、自分に最適な方法を選ぶことが重要です。